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東京地方裁判所 昭和57年(ヨ)2282号 判決 1985年1月30日

債権者

屋比久盛治

右訴訟代理人

五百蔵洋一

森井利和

債務者

大森精工機株式会社

右代表者

時村交一

右訴訟代理人

森田武男

主文

1  債務者は、債権者に対し、金四九〇万円及び昭和六〇年二月一〇日以降本案の第一審判決言渡しに至るまで毎月一〇日限り金一四万円を仮に支払え。

2  債権者のその余の申請を却下する。

3  申請費用は債務者の負担とする。

事   実≪省略≫

理由

一債権者の採用から解雇に至る事実経過

債権者が昭和五六年一〇月二一日債務者会社の太田総務室管理長代行及び福岡航機事業室管理長の採用面接を受けたこと、債権者は同月二六日から債務者会社の本社工場で勤務を始め、航空機のタイヤの修理の仕事に従事していたこと、債務者会社は昭和五七年一月二九日債権者に対して解雇の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。

右の当事者間に争いのない事実に、<証拠>を総合すれば、次の事実を一応認定することができる。

1  債務者会社は、航空機に関連する備品、器材の修理、分解整備を主たる業務とし、民間航空会社や防衛庁等の注文により業務を行つており、通産省から航空機用の車輪や着陸緩衝装置の修理事業につき認可を受け、運輸省航空局から航空機の修理改造認定書を受け、防衛庁の競争入札参加資格合格登録、海上保安本部の見積参加資格審査合格登録をされていた。

2  債務者会社は昭和五六年一〇月九日大森公共職業安定所に対して求人票を提出して求人の申込みをした。右求人票には「作業内容」として「航空機用タイヤホイル及びブレーキの分解修理組立作業」と、「生産品目、事業内容」として「航空機装備品、地上支援器材等製造修理」と、「事業所の特色」として「航空機の装備品の専門工場で通産、運輸省の認可工場であり、業績上昇、成長企業であります。航空機の高度な技術を生かし種々の分野に進出しています。」等の記載があつた。債権者は右の求人票を見て債務者会社に応募した。

3  債権者は、同月二一日、債務者会社において、採用事務を担当する太田総務室管理長代行及び債権者の就労予定部門の責任者である福岡航機事業室管理長による採用面接を受けた。債権者が面接の際提出した履歴書には、職歴として、「昭和四九年四月日本特殊鋼株式会社入社、同五二年三月工場移転のため退社、同五三年七月岩城製薬株式会社入社、同五六年九月自己都合に依り退社」と記載され、「賞罰なし」、「志望の動機 貴社の業務が自己の性格に最適」との記載があつた。面接は、途中の工場見学をはさんで約一時間行われた。面接の際、債務者会社から、会社の業務の概要について説明され、防衛庁関係の仕事もしているとの説明を受けたが、債権者はこれについて特段の感想は述べなかつた。また、債権者は日本特殊鋼株式会社を退職してから岩城製薬株式会社へ就職するまでの約一年三か月間は何をしていたかとの質問に対しては、定職はなく、失業保険やアルバイトによる収入により生活をしていたと答えた。なお、前科の有無や刑事裁判に関係したことがあるかとの質問はされておらず、単に履歴書の記載に誤りがないかを聞かれ、債権者は誤りはないと答えたにとどまつた。

4  右採用面接の結果債権者は債務者会社に採用されることとなり、同月二六日から債務者会社の航空事業室において航空機のタイヤ修理の作業員として勤務することとなつた。債権者の賃金については、債権者の直前の職場である岩城製薬株式会社での賃金を参酌して月額一四万円と決定された。債務者会社の賃金の計算は毎月始めから月末までの一か月分を翌月の一〇日に支払うこととされているところから、同月二六日から同月末日までの分については、月額一四万円を時間単位に換算して、一時間当たり七六一円として計算した額と通勤手当とが支払われたが、同年一一月分からは月額制とされた。債権者の健康保険の加入手続は、同年一〇月中に債務者会社に採用された他の三名の従業員(いずれも債権者と同じ日から勤務を始めた者ではない。)とともに一一月一日付けで採用したとして手続が行われ、債権者の雇用保険の加入手続も同日付けで採用したとして手続が行われた。債権者の勤務の形態は、債権者が勤務を始めた同年一〇月二六日以降同年一一月一日の前後により何ら変ることなく、同日にも辞令の交付等身分関係の変更に関する格別の行為は行われなかつた。

5  債務者会社は、債権者の職歴については、昭和五六年一〇月中に債権者の以前の勤務先である日本特殊鋼株式会社に対し電話照会をしたものの、直前の勤務先である岩城製薬株式会社に対しては、昭和五七年一月に至るまで何ら調査を行わず、昭和五七年一月になつてから同社に対して電話照会をした結果、債権者は昭和五二年五月成田空港の開港に反対する闘争に関して発生したいわゆる成田事件に関連して逮捕、勾留され、凶器準備集合、公務執行防害、傷害等により起訴され、同年一一月に保釈され、千葉地方裁判所において公判中であることを同社担当者から聞き、債務者会社自身による調査でも右の事実を確認した。

6  債務者会社は、その事業が航空機用部品の製造、修理であり、民間航空会社や防衛庁から注文を受けていることから、債権者のようないわゆる成田事件により起訴された者を従業員としておくことは、不適当であるとして、債権者を解雇することを決定し、昭和五七年一月二九日債権者に対し、「会社はあなたと昭和五六年一一月一日に試用社員として契約したが、身元調査の結果あなたが提出した履歴書記載事項中「賞罰なし」との項は全く不実で、現在成田事件で公判中であることが判明した。したがつて前記試用期間の契約は詐欺によるものですので民法第九六条によつて取消します。且つ、就業規則四―三―(24)刑法上の処分を受けまたはこれに類する不法行為があつたときに基づき、就業規則三―一―(2)により解雇します。」との趣旨を記載した書面を交付して、解雇の意思表示及び雇用契約取消しの意思表示をした。

以上の事実を一応認めることができ<る>。

二試用期間の始期について

債権者は、債権者の試用期間は債権者が債務者会社で勤務を始めた昭和五六年一〇月二六日から始まると主張し、一方、債務者会社は、同日から同月末日までは試用期間前のアルバイトであり、試用期間は同年一一月一日から始まると主張するので、この点について検討する。

まず、債務者会社の就業規則における試用期間についての定めをみると、就業規則三―一―(2)に「あらたに採用された者には、三か月の試用期間を置く。試用期間中に社員として不適当と認めた場合には解雇することがある。」との定めがあることは、当事者間に争いがなく、<証拠>によると、就業規則中の採用及び試用期間に関するその他の規定として、三―一―(1)に「会社は満一五才以上の就職希望中より学科、実技および身体検査に合格した者から社員を採用する。」との定めがあり、三―一―(3)に「試用期間を経過し、考課によつて採用を決定した者は試用期間開始日をもつて、採用日とする。」との定めがあること、試用期間の前に債務者会社主張のようなアルバイトの期間を置くことを定めた規定は存在しないことが一応認められ、この認定に反する疎明はない。

右の事実によると、就業規則の定めでは、債務者会社に採用された者は、直ちに三か月の試用期間に入り、その間に不適格として解雇されなかつた者は、本採用となるものとされており、債務者会社の主張する試用期間前のアルバイト制度というものは就業規則に根拠を有しないものであるといわなければならないところ、このような制度は、債務者会社の主張によると、その間の労働者の勤務の状態その他の事情から従業員として不適格と判断したときは採用しないというものであつて、試用期間の制度とその趣旨、目的を共通にし、かつ、労働者の地位を不安定にするものであるから、そのような制度の有効性を認めるには、試用期間のほかにアルバイト期間を置く特段の必要性がなければならないと解すべきところ、そのような特段の必要性を認めるに足りる証拠はない。

この点について、<証拠>は、債務者会社には以前から中途採用者については、まず採否の決定前に五日から一〇日間位アルバイトとして勤務をさせ、その間の勤務状態をみたうえ、採用を決定し、試用期間に入らせるという試用期間前のアルバイトという制度があり、債権者についても採用面接の際その旨を告げて一〇月末日まではアルバイト期間とすることについて債権者の承諾を得たと供述し、右各証人の作成した陳述書<書証番号略>にもこれと同旨の記載があるけれども、これらの供述又は記載は、債権者本人尋問の結果及び前記認定のように同年一一月一日以前とそれ以後とで債権者の勤務の態様が変つていないこと、同日には身分関係の変更に関する格別の行為が行われていないことに照らし、にわかに信用することができない。もつとも、前記一の4で認定したように債権者の健康保険及び雇用保険の加入手続は昭和五六年一一月一日付け採用として行われているけれども、特に前者については同年一〇月中に採用した他の三名の従業員(いずれも債権者と同じ日から勤務を始めた者ではない。)と同時に手続が行われていることをも考慮すれば、これらの手続は債務者会社の事務処理の便宜のために行われたにすぎないものと解することができるし、債権者の同年一〇月中の賃金が時間単位で計算されていることも、債務者会社の給与規定三一条において給与計算期間(毎月一日から末日までの一か月間)の中途における入社の計算方法は、月額給与の額に出勤率を乗じて算出することとされていること(<証拠>により一応認められる。)からすれば、あえて異とするに足りない。

以上のように、試用期間前のアルバイト期間という制度の存在を認めるに足りる疎明はなく、また、その有効性を認める余地もなく、債権者は債務者会社に現実に勤務を開始した同年一〇月二六日から試用期間に入つたものということができる。

三試用期間の満了

そうすると、債権者の試用期間は昭和五七年一月二五日に満了し、前記の就業規則の規定によれば、試用期間が満了すれば、解雇がされない限り本採用となるものと解されるので、債権者は同月二六日に本採用となつたものと認められる。

四本件解雇の効力

債務者会社は、債権者が昭和五二年五月にいわゆる成田事件に関し逮捕、勾留され、凶器準備集合、公務執行妨害、傷害等で千葉地方裁判所に起訴され、同年一一月二五日に保釈された事実を債務者会社に秘匿したことを解雇の理由として主張するので、検討する(債務者会社は、本件解雇は試用期間中の従業員に対する解雇であるとし、その解雇理由を主張しているが、同時に仮りに債権者が本採用となつているとしても、解雇理由が存在していると主張しているものと解される。)

1  <証拠>によれば、債権者は債務者会社主張のように成田事件に関連して逮捕、勾留、起訴され、保釈されたこと、債権者は右の事実を採用面接の際債務者会社側に告知しなかつたことが一応認められ、この認定に反する疎明はない。

2 債務者会社は、まず、債権者が採用面接の際に「債務者会社が防衛産業に従事していることに反発は感じていないし、思想、信条上も何ら反するところはない。」と回答したのは虚為の事実を申告したものである、という。しかし、債権者は採用面接においては、前記一の3において認定したように、防衛庁関係の仕事もしているとの説明を受けたが、特段の感想は述べなかつたにとどまり、債務者会社主張のような回答をしたことを認めるに足りる疎明はない(<証拠判断略>)。したがつて、債務者会社の主張はその前提を欠き、失当である。

次に、債務者会社は、債権者が履歴書の中で「賞罰なし」と記載し、この記載は正確であると回答したことは、前記の成田事件に関係したことを秘匿し、虚偽の申告をしたことになると主張するけれども、履歴書の賞罰欄にいう「罰」とは、一般には確定した有罪判決をいい、刑事事件により起訴されたことは含まないと解されているものと考えられるから、そのことを特に質問されたのなら格別、履歴書の賞罰欄の記載において成田事件に関係して起訴されたことを記載せず、単に履歴書の記載は正確であると述べたことをもつて虚偽の申告をしたものとすることはできない。

更に債務者会社は、採用面接の際債権者が「昭和五二年三月から昭和五三年七月までの一年三か月の間はアルバイトをして生活し、就職するについて支障はなかつた。」と回答したことは、刑事事件で勾留中のため就職することができなかつたことを秘匿し虚偽の事実を告知したと主張するけれども、債権者の回答の内容は、前記一の3で認定したように、右の一年三か月の間は失業保険やアルバイトによる収入により生活していたと答えたのみであるところ、債権者本人尋問の結果によると右の事実は虚偽ではないことが一応認められるから、あえて刑事事件で勾留中であるため就職することができなかつたことを告知しなかつたことをもつて、虚偽の事実を告知したものと評価することはできない。

以上のように採用面接の際に債権者が虚偽の事実を申告したものとすることはできない。

3 また、債務者会社の主張は、仮に債権者が採用面接の際に積極的に虚偽の事実を申告しなかつたとしても、債務者会社の事業内容の特殊性に照らし、成田事件に関連して逮捕、勾留、起訴された事実を秘匿したこと自体が信義則に反し解雇理由となり得るとの趣旨をも包含していると解せられるので、この点について考えてみる。

右の主張は、債権者が雇用契約の締結に際し、右の事実を債務者会社に積極的に告知すべき義務があることを前提とするものである。たしかに、雇用契約は、使用者と労働者との相互の信頼関係を基盤とする継続的契約関係であるから、労働者は契約の締結に際し、自己の経歴等労働力の評価に関する重要な事項を使用者に告知すべき義務を信義則上負うことがあるものと解される。そして、使用者としては雇用しようとする労働者の経歴についてできる限り多くの事項を知りたいと考えるのも無理からぬところである。しかし、そうであるからといつて、雇用契約の趣旨に照らし信義則上必要かつ合理的と認められる範囲を超えてまで労働者にその経歴の告知を求めることは、労働者の個人的領域への侵害として許されないこともいうまでもない。労働者の経歴について、右の必要かつ合理的と認められる範囲は、使用者の事業の内容、当該労働者の予定された職務の内容等を総合勘案して、使用者の事業に対する社会的信用、労働者の労働力の評価に影響を及ぼすべき事項に限定されると解すべきであろう。

前記一の1及び2で認定したように、債務者会社の事業内容は航空機に関連する備品、器材の修理、分解整備を主たる業務とし、民間航空会社や防衛庁等の注文により業務を行つており、債権者は航空機のタイヤの修理の仕事に従事することが予定されていたものである。ところで、債権者がこれに関係して逮捕、勾留、起訴されたいわゆる成田事件は、前記のように成田空港の開港に反対する闘争に関して発生したものであるから、これにより逮捕、勾留、起訴されたことが債務者会社の事業の内容に関係がないとはいえないことは明らかである。しかし、右の闘争に参加した者が直ちに航空機産業の存在や業務自体に反対する思想を有し、そのための行動に出るものであるということにはならないし、その旨の疎明もない。更に、債権者は公共職業安定所の求人票により債務者会社に応募し、債務者会社工場の一作業員となることが予定されていたにすぎないのであるから、債権者が成田事件により逮捕、勾留、起訴されたことが債権者の労働力の評価とは直接関連を有するものではないことは明らかであり、また、債務者会社の事業の特殊性を十分考慮しても、債権者がその従業員の一員であることが直ちに会社の信用を傷つけ顧客の信頼を損うことにつながるものとはいえない。

そうであるとすれば、債権者は雇用契約の締結に際し、成田事件に関連して逮捕、勾留、起訴されたことを債務者会社に告知すべき義務を負つていたということはできないから、これを秘匿したこと自体をもつて解雇の理由とすることはできない。

4 また刑事事件に関係して逮捕、勾留、起訴されたのは、債権者が債務者会社へ採用される以前の出来事であるから、就業規則四―三―(24)所定の「刑法上の処分を受け、又はこれに類する不法行為があつたとき」に該当するとはいえない。

5 よつて、本件解雇は、その余の点につき判断するまでもなく、理由の存在が認められないから、無効である。

五雇用契約の取消しの主張について

債務者会社は、債権者が成田事件に関連して逮捕され、起訴され、刑事裁判係属中であることを秘匿したことは詐欺により債務者会社を欺罔して雇用契約を締結したものであるから、雇用契約を取り消すと主張するけれども、債権者が採用面接に際し、虚偽の事実を申告したものと認めることができないことは、前記四の2に記載のとおりであるし、債権者が信義則上刑事裁判係属中であることを告知すべき義務を負うとはいえないことも、前記四の3に記載のとおりであるから、債権者が詐欺により雇用契約を締結したものということはできず、債務者会社の主張は採用することができない。

六被保全権利

よつて、債権者は、債務者会社に対し労働契約上の権利を有する地位にあるものと一応認められる。そして、債権者の解雇当時の賃金が一か月基本給金八万六〇〇〇円、精皆勤手当金五〇〇〇円、資格手当A金二万四〇〇〇円、調整給(Ⅰ)金二万円、調整給(Ⅱ)金五〇〇〇円、通勤手当金二四一〇円合計一四万二四一〇円であり、賃金は毎月一日から末日までの分を翌月一〇日に支払うこととされていたこと、債務者会社は解雇の意思表示以降債権者を従業員として認めず、昭和五七年三月一〇日支払期以降の賃金を支払つていないことは当事者間に争いがない。そうすると、債権者は、債務者会社に対し、昭和五七年三月一〇日以降毎月一〇日限り前記の賃金のうち債権者の主張する金一四万円(通勤手当を除いたもの)の支払を受ける権利を有することが一応認められる。

七保全の必要性

<証拠>によると、債権者は債務者会社からの賃金収入により生計を維持していた者であること、債務者会社から賃金の支払を受けることができないことにより、その生活は危機に瀕することが一応認められるから、賃金仮払の必要があることは疎明されるが、それ以上に労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める必要性があることについては疎明がない。そして、賃金仮払の必要性は現段階では、本案の第一審判決の言渡しまでとするのが相当である。

よつて、本件申請は、昭和五七年三月一〇日から昭和六〇年一月一〇日までの三五か月分金四九〇万円及び昭和六〇年二月一〇日から本案の第一審判決言渡しに至るまで毎月一〇日限り金一四万円の仮払いを求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として却下し、申請費用の負担につき民訴法八九条、九二条ただし書を適用して、主文のとおり判決する。

(今井 功)

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